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02/03
例えば、別れてしまったご主人様との思い出とか、 /
淑女の心得
もう忘れて次に進もうと思っても、どうしても思い出してしまって後悔
の想いや、懺悔の気持ちが頭からどうしても離れなくて。その想いに
長い間苦しんでいる人って、意外に多いのかなと思います。
とくにSM調教の場合は、一般的な恋愛以上に濃密で、全身全霊をかけて
相手に尽くし、ついていっているという自負がM女性にはあるでしょう
からなおのことです。
あの時こうしておけばよかったとか、あんな態度をとってご主人様の
ことを困らせてしまったとか...
また逆に、M奴隷ということで、自分の本意ではない屈辱的なことを
強いられて、怒りの気持ちや、やるせなさがこみ上げてきたり。
冷静になって振り返ると恥ずかしいことをしたなあと、自己嫌悪して
しまうことも多いですよね。思うにSMって真面目な人ほどハマるので、
後で振り返った時の自己嫌悪してしまう感情は、普通の人が考える以上
であることが多く、苦しみも長く続くのです。
「過去にすがっても仕方がない、早く忘れて、新しい人を探そう。」
そう思って忘れるように心がけても、いつまでたっても忘れることが
できないのでしょう。
私は無理に忘れなくてもいいと思っています。
その人のことを思い出して、あんなことを言わなければよかったとか
、こんなことをしなければよかったという後悔の気持ちを今全て無く
してしまったら、貴重な経験をなくして、あなたはまた同じ失敗を
繰り返すかもしれないでしょう?
忘れられないのは、あなたのココロが、この辛さを忘れてはいけない。
もう間違ったことを繰り返してはいけない。と教えているのです。
だから忘れようとしても忘れられないんです。
人生は波のように浮いたり沈んだりの繰り返しで、でもすこしずつ
良くなっていくのは、こうした心の防衛本能に助けられている所が
大きいのかなと思います。
傷ついたことは決して悪いことだけではなくて、傷つくたびに少しずつ
バージョンアップをしているわけで、前よりももっと素敵な恋愛や、
もっと強い絆で包まれた主従関係を結ぶことが出来る相手に恵まれる
はずです。
あのことは、そのための過程の一つだったのだと後で気付くことに
なると思います。
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01/30
「泣き面に蜂」という格言はよく言い得ているなと思います。泣きたくなるような気持ちに引き寄せられるように悲しい事がまた起きてくるからです。とても悪循環です。
思うに感情は乱れてしまってからではもう遅くて、そうなってしまう前にケアする方がその何倍も楽です。自分の心の弱点を知り、自然と使ってしまうマイナス感情を知っておくと深みにはまらずに済むのかなと思います。
ただ、そのベースになっている部分で性的なことってとても大きくて、これが満たされているかどうかで気分が大きく変わってきますよね。女性は特にそうじゃないでしょうか?
どんなに本文となる仕事や家族との間でつらいことがあったとしても、その心の拠り所とたりえる「SM調教」が出来れば、どんなによいことか。そう思います。
<お知らせ>
本日メールいただいた「まりな」さんへ
docomoの携帯メールで着信拒否になっているようで、お返事が戻ってきてしまいました。gmail.comドメインを受信できるようにしておいていただけますか?
[続きを読む...]
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01/09
身体が鈍ってきたので、近所のフィットネスクラブに通うことに。
ウェイトトレしたり、ランニングマシンで汗を流したり。
ランニングハイも軽く体験できたし、中々いいもんですね。
インストラクターによる「体幹コアトレーニング」にも参加して
みましたが、あれはきつかったですね。
四つん這いになって、右手と左足を伸ばしたり、普段使わない
筋肉を使うと鈍ってた体そのものを感じました。
四つん這いになって、足を横になるべく高く上げる動きなんて、
マゾ奴隷に野外露出のペットプレイで をさせる時のポーズその
もので、よもや自分がこのポーズを取るとはって思うと内心少し
笑ってしまうと言うか(笑)。
あれやってみて初めてわかったのだけど、体幹コアトレーニング
になっているぐらいキツイポーズだったんですね。そんなポーズ
のまま、をしてみせて、最期まで出し続けるのって、相当腹筋が
プルプル来るというか、精神的に奴隷という身分や屈辱感を味わ
うとともに、肉体的な負担も相当なものだと実感。
また一つマゾ奴隷の気持ちが理解できるご主人様になったのかな
と思いました(笑)。
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06/27
お友達のガン専門医が、こんなことを言ってました。
「ガンってやつは、治るヤツは治って、死ぬヤツは死ぬ病気なんだよね。」
当たり前のことをいっているようなんですが、開き直りの精神力が大事だといっているのです。
病気だけでなく、人生で一大事に遭遇したとき、「世の中、なるようにしかならない」と、開き直れる人聞が強くなれるのかなと思います。
突然のリストラで生活が困窮しても、借金で会社がつぶれそうになっても、命までは取られないだろう。そうやって開き直り、耐え抜けば、やがて時聞が解決してくれるものだと最近つくづく思いますね。
SMというのは実にナイーブな内面性をもって行うことなので、時に傷ついたり、時に大いに気にしてしまったり、とても感情を使って、ご主人様の課す厳しい調教についていこうと必死になっている女性をよく目にします。
ただ自分を守りたいがゆえにどの場を取り繕う言い訳をしたり、自分の我を優先させてしまうが故に、時に我ままを通してしまったり、という姿勢は、正しいこととは言えないでしょう。
そうしたカラに閉じこもったメンタリティはどこかに捨てて、開き直りの精神で調教に望むと、気持ちにちょっとしたゆとりが生まれて、それで自然と良い方向に進んでいくことに気づくはずです。
あんなに悩んでいたあれはなんだったのだろう。そう思えるようになったら勝ちです。
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05/11
最近は一時期に比べて、プレイ内容がソフトが中心になってきていることを感じます。
スパンキングや緊縛、言葉責めをおりまぜながらのセックスを中心に、痛いだけではなくて、リラックスして官能的になれるような性感マッサージや、恥ずかしいシチュエーションとか興奮するシチュエーションをイメージさせるような言葉責め(いわゆるイメージプレイ)とか、そうしたセックスを中心としたプレイに原点回帰している感じ。
なので「浣腸」とか「ローソク」とか、少し手の込んだプレイははしないのでご安心を。浣腸については、やり方次第でとても感じるプレイになることもあるので、否定はしないのですが、なんというか、ゆっくりと時間をかけて、調教を進めてかなりの段階に来たらすることなのかなというところです。
プレイを重ねて嗜好やセックスに対する想いを理解し合った後にするかどうか決める感じでしょうか..
羞恥プレイの一環として、露出調教をすることもあるのですが、それも同様で、次の段階の調教なのかなと思います。
この心境の変化がなぜなのかはわかりませんが、色々好き勝手やれたおかげで満足したということも理由の一つなのですが、SMと言っても基本はセックスにあると思うようになりました。
鞭とか縛りなどのSMプレイって所詮は、一体感があって、愛情が溢れ、満足のいくセックスを体験するための脇役に過ぎないのかなという考えです。
それともう一つ重要な要素として「主従関係」というものがSMにはあるのですけど、そうした繋がりは大切なことの一つかなと思っています。もちろん一方的な支配と服従ではなくて、愛情ゆえの支配と服従ということですけども、それがセックスをより官能的なものに高めてくれる気がしますし、ある意味SとMというのは自然な関係性なのかなと思うんですよね。
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