いい時ばかりでも決してなくて、悪い時もあるわけで、気持ちがくじけそ
うになることだって、誰にだってあるように、私にもあります。
ただなんでもそうだけど悪いままでは終わらないから、耐えていれば自然
と良い方向に向いてくる。この「耐える」ってのは結構重要なことで。
それができない状態を「あがく」と言うのかもしれません。それは事態の
悪化を招き、潔くしていればよいものを、焦ったり、こうしたいと思う我
が強すぎて、深みにはまってくっていうというパターン。
なんだかんだでよくやってしまいます。それでしっぺ返しを食らったりし
て、反芻すると自分の甘さに気づかされるわけですね。
特効薬は「開き直り」そして「潔さ」かと思ってます。ゆっくりと目をつ
ぶって、深く息をして、気持ちをまっさらな状態にして、落ち着いてみる
時間を作るようにして。そういうのを瞑想といいます。
一通りの自己嫌悪ネタがはじめのうちは頭を駆け巡ってしまって正直苦し
いものですが、そういうのを「まあしょうがない。」って自分を許してあ
げるようにしてみます。だって終わったことは悔いても元に戻るもんじゃ
ないし、その時の自分の実力は今ほどじゃないわけで、発展途上の自分な
りにやった結果駄目だっただけのことって思うようにします。
どんなに輝いている人だって、自己嫌悪してしまうようなことが絶対にあ
って、それでもそうしたことに折り合いをつけて生きていると思うんです。
それを乗り越えているのは「自分を許せるようになっているから」で、
だから自分が自分に納得して自分を信じられるようになっているんだと。
自分が信じられたら、内側から自然に勇気が湧いて出てくるもので、そう
いう思考を一通り思い浮かべつくすと、まっさらの状態、ただ漂っていて
、体が軽い感じ、そういう感じに段々となれて、頭がスーとして、少しす
っきりとしてきます。
その状態を堪能するというのでしょうか、なんも考えんで、ぼーとしてれ
ばいいし、そのまま寝てもいい。そんな感じにするようにしてます。
こういう自己嫌悪してしまう気持ちと言うのは、あまりサディストには
持ち合せていない感情で、どちらかと言うとマゾヒストが陥りがちな感情
の一つだと思うので、実際、本当の自分は純粋なサディストというわけで
はなく、マゾヒスト的な側面もあったりするのだと最近になって思い始め
ました。
でもそれも一つのタイプなわけで、両方の感情が理解できるからこそ可能
な調教と言うのもあるわけで、そういうのを模索しながら...型には
特にハマらずに自由にやればよいのかなと思ってます。
そもそもSMなんてアブノーマルなものだし、決まりにとらわれてやるもの
ではなく、自然に内面からにじみ出てくる嗜好性がそうさせているものな
わけで、難しく考えることなんてないのかなと。
Posted 22:37